子どもたちの読書の時間: 14 分
昔、王様の息子がいました。この王子はもう父親の家にいるのにあきたらず、何もこわいものがないので、「広い世の中へ出て行こう。そこでは退屈することもないだろうし、いろいろ不思議なことも目にするだろう。」と考えました。それで、王子は両親に別れを告げ、でかけていきました。朝から晩までどんどん進み、道がどっちへいこうと王子にとっては同じことでした。あるとき王子は巨人の家に着き、とても疲れていたので、戸口のそばに座り休みました。あちこち見まわしてみると、庭にある遊び道具が目に入りました。これらは二、三の巨大なボールと人間と同じくらい大きい9本のピンでした。しばらくしてやってみたくなり、ピンを立て、ボールをピンに転がし、9本が倒れると大声を出して叫び、はしゃいでいました。
巨人が物音を聞きつけ、窓から頭を伸ばすと、ふつうの人より大きくも無い背丈なのに自分のボーリングで遊んでいる男が見えました。「虫けらめ」と巨人は叫びました。「なんでおれのボールで遊んでいるんだ?誰がお前にそういう力を与えたんだ?」王様の息子は見上げると巨人が見え、「ああ、頭悪いね、お前は自分だけ腕っぷしが強いと思ってるんだ。僕はやりたいことは何でもできるんだぞ。」と言いました。巨人は出てきて、おおいに感心したようにボーリングを見て、「人間の子供、お前がそういうやつなら、命の木のりんごをとりに行けよ。」と言いました。「それをどうするんだ?」と王様の息子は言いました。「おれが欲しいわけじゃないんだ。」と巨人は答えました。「だけど、それを欲しがっているいいなずけがいるのさ。世界をはるかかなたまで行ったんだが木をみつけられないんだ。」「ぼくはすぐに見つけてみせよう。」と王様の息子は言いました。「それにりんごをとる邪魔するやつなんて知るもんか。」
巨人は「本当にそんなに簡単だと思ってるんだな。木がある庭園は鉄の柵で囲まれていて、柵の前には猛獣たちが間をおかないで並んで見張っていて誰も中に入れないんだぞ。」「僕ならきっと入れてくれるさ。」と王様の息子は言いました。「ああ、だがたとえ庭に入れて、木に下がっているりんごを見ても、まだお前のものじゃないんだ。りんごの前に輪が下がっていて、りんごに手を伸ばしもぎとろうとすれば、手を入れなくてはならないんだが、まだだれもできた者はいないんだ。」「じゃあ、僕がやってみせよう。」と王様の息子は言いました。
それで王子は巨人と別れ、山や谷を越え、野原や森を通って進んで行き、とうとう不思議な庭園にやってきました。猛獣たちはその周りにいましたが頭を下げて眠っていました。それだけでなく、王子が近づいても目を覚ましませんでした。それで王子は猛獣たちをまたいで、柵に登り、無事に庭園に入りました。庭園のまさに真ん中に命の木が立っていて、枝に赤いリンゴがたくさん光っていました。王子は幹を登っててっぺんまで上がり、りんごに手を伸ばそうとしたとき、その前に下がっている輪が見えましたが、なんなく輪に手をつっこみりんごをもぎとりました。輪は締まり腕にぴったりくっつき、王子は急にものすごい力が血管にながれるのを感じました。りんごを持って木から下りてから、王子は柵を登ってこえるのではなく、大きな門をつかみ、たった一回ゆすっただけで大きなガシャンという音を立てて門はパッと開きました。それから王子が外へ出ましたが、門の前でねていたライオンが目を覚まし、王子のあとを追いかけてきました。しかし、それは、怒り狂って襲おうというのではなく、王子を主人として認め、恐れ入ってつき従ったのでした。」
王様の息子は、約束したりんごを巨人のところに持って行き、「ほらね、ぼくは難なくもってきましたよ。」と言いました。巨人は望みがそんなに早く叶えられて喜び、花嫁のところに急いで行って、欲しがっていたりんごを渡しました。花嫁は美しく賢い乙女でした。巨人の腕に輪が見えなかったので、「腕に輪がついていなければ、あなたがりんごをとってきたとは信じないわ。」と言いました。巨人は、「これからすぐ家に帰ってとってくるよ」と言いました。巨人はもし自分から輪をくれないようなら、力づくで弱い男からとるのは簡単だと思ったのです。そこで、王子に輪をよこせ、と言いましたが、王子は断りました。「りんごがあるところに輪もなければならないんだ」と巨人は言いました。「お前が自分からすすんで渡さないなら、おれと戦わなくちゃならんぞ。」
二人は長い間取っ組み合いをしましたが、巨人は王様の息子を打ち負かすことができませんでした。王子は輪の魔法の力で強くなっていたのです。そこで巨人は策をめぐらし、「戦ってあつくなったよ。お前もそうだろ。もう一回始める前に川で水浴びし、体を冷やそうじゃないか。」と言いました。王様の息子は嘘だと気づかないで、一緒に川に行き、服を脱ぐのと一緒に腕から輪もはずし、川に飛び込みました。巨人はすぐに輪をひったくって、逃げていきました。ところがライオンは盗みを見ていたので、巨人を追いかけ、手から輪をもぎとって主人のところへ持って帰りました。それから巨人は樫の木のかげに隠れ、王様の息子が服を着ている隙に不意をつき襲いかかって両目をえぐりとりました。それで、不幸な王様の息子は目が見えなくてそこに立ったままどうしたらよいかわかりませんでした。」
すると巨人が王子のところにまた戻ってきて、誰か道案内しようとしている人のふりをして、王子の手をとり、高い岩のてっぺんへ連れて行きました。巨人はそこに王子を置き去りにして、(あと二歩進んだら落ちて死ぬだろう。そうすれば輪をとればよい。)と考えていました。しかし、忠実なライオンは主人を見捨てませんでした。王子の服をしっかりくわえ、だんだん後ろへ引き戻していきました。巨人は死んだ男から輪を盗もうとやってきて、計略が失敗したことがわかりました。「じゃあ、あんな人間の弱っちい子どもをやっつける手立てはないのか?」と巨人は怒って独り言を言いました。それから王子をつかみ、別の道を通ってまた崖へ連れ戻しましたが、悪だくみをみていたライオンはここでも主人を危険から助け出しました。崖っぷちに近づいた時、巨人は目の見えない王子の手を放し、置き去りにしようとしました。しかし、ライオンが巨人をつきとばしたので、巨人は投げ出されて下におち、地面に墜落してばらばらになりました。
忠実な動物は主人を崖からまた引き戻し、そばに澄んだ小川が流れている木のところへ連れていきました。王子はそこに座りましたが、ライオンは寝そべると、前足で王子の顔に水をはねかけました。目の節穴に2,3滴かかった途端、王子はまたなにか見えるようになり、小鳥がかなり近くを飛んでいくのに気づきました。その小鳥は木の幹にぶつかったかと思うと、水に下りていって水浴びしました。そのあと上に舞い上がり、まるでよく目が見えるようになったかのように今度はぶつからないで木々の間をすいすいと飛んで行きました。そこで王様の息子は、神様の示した印を理解して、水にかがみこんで顔を洗い水に浸しました。起きあがったときは目がもう一度できて、前よりも明るく澄んでいました。
王様の息子は、恵み深い神様に感謝し、ライオンと一緒にまた世の中を旅してまわりました。すると、あるとき、魔法にかけられたお城の前に着きました。門のところに美しい姿できれいな顔の乙女が立っていましたが、真っ黒でした。娘は王子に話しかけ、「ああ、私にかけられた悪い魔法から救い出してくれさえすればいいのに。」と言いました。「何をすればいいのです?」と王様の息子は言いました。乙女は、「この魔法にかけられた城の大広間で三晩過ごさなければなりません。でも恐れてはいけません。連中はあなたを苦しめて最悪のことをします。そのとき、あなたが一言ももらさず我慢すれば私は自由になれるのです。連中はあなたの命まではとりません。」そこで王様の息子は、「僕は恐れを知りません。神様の助けを借りてやってみましょう。」と言いました。そうして王子は城に明るく入って行きました。暗くなると、王子は大広間で腰を下ろし、待ちました。
何も起こらずシーンとしていました。ところが真夜中になると、突然大騒動が始まり、どの穴やどの隅からも小さな悪魔が出てきました。悪魔たちは王子が見えないかのように振る舞い、部屋の真ん中に腰を下ろし、火をたき、ばくちを始めました。一人が負けると、「おかしいではないか。誰か仲間でないやつがここにいるんだ。おれが負けるのはそいつのせいだ。」と言いました。「待ってろよ、ストーブの後ろの奴、おれが行くぞ。」と別の悪魔が言いました。叫び声がさらに大きくなり、聞いていればだれでも怖がらずにはいられないほどでした。
王様の息子はすっかり落ち着いて座ったまま、こわがりませんでした。しかしとうとう悪魔たちは下から跳び上がって王子に襲いかかり、数があまりに多いので王子は防ぎきれませんでした。悪魔たちは王子をひきまわしたり、つねったり、刺したり、ぶったりして苦しめましたが、王子からは一言ももれませんでした。朝方になると悪魔たちは消え、王子はくたびれ果てて殆ど手足を動かせませんでした。
夜が明けると、黒い乙女が王子のところにやってきました。乙女は手に命の水が入っている小ビンをもってきて、それで王子を洗いました。すると王子は痛みがすっかりとれて、新しい力が体にみなぎりました。乙女は、「「あなたは一晩うまくもちこたえましたね。でも、あと二晩あるんです。」と言いました。そのあと乙女はいなくなりましたが、去っていく乙女の両足が白くなっていたのに王子は気づきました。
次の夜、悪魔たちがやってきて、またばくちを始めました。王様の息子に襲いかかり、前の夜よりさらにひどく王子をなぐったので、王子の体は傷だらけになりました。しかし、王子が全く静かにこらえていたので、悪魔たちは王子を放っておくしかなくなりました。夜が明けると、乙女がやってきて、命の水で傷の手当てをしました。乙女が出ていく時、もう指の先まで白くなっていたのを王子は喜ばしく眺めました。
それであと一晩残すのみとなりましたが、それはまた一番ひどいものでした。悪魔たちはまたやってきて、「お前まだいるのか?」と叫びました。「息が止まるまで苦しめてやるぞ。」王子を刺し、なぐり、あちこと放り投げ、ばらばらに引き裂こうとするように腕や脚を引っ張りました。しかし王子は全部我慢して決して叫び声をあげませんでした。
とうとう悪魔たちは消えましたが、王子を気を失ってそこに転がったまま動かず、入って来た乙女を見ようと目をあげることもできませんでした。乙女は命の水を王子にかけ、水を浴びせました。すると途端に王子は痛みからすっかり解放され、眠りから目覚めたようにすっきりした気分で元気になりました。王子が目を開けると、雪のように白く、昼のように美しい乙女がそばにたっているのが見えました。
「立って、階段の上で三回剣を振ってください。そうすればみんなが解き放たれますわ。」と乙女はいいました。王子がそうすると、城じゅうが魔法から解かれ、乙女は金持ちの王様の娘でした。召使たちが来て、大広間に食卓の準備が整いもう食事ができます、と告げました。それから、二人は一緒に座り、飲んで食べました。そして晩には二人の結婚式が行われ、みんなは大喜びで祝いました。

背景情報
解釈
言語
この物語は「こわいものなしの王子」というグリム兄弟によるメルヘン(童話)であり、怖いものを知らない勇敢な王子の冒険を描いています。この物語にはいくつかの重要なテーマや要素が含まれています。
勇気と冒険: 主人公である王子は、恐れを知らず、未知の世界を探求するために旅に出ます。彼の勇気と好奇心は、物語の進展の原動力となっています。
挑戦と試練: 王子は、命の木のリンゴを手に入れるために数々の困難を乗り越えます。巨人との戦いや魔法の力を持つリングを巡る戦い、そして最終的には魔法にかかった城での試練など、数々の試練が彼を待ち受けます。
友情と忠誠: 王子には忠実なライオンが同行し、彼を助けます。ライオンは忠誠心の象徴であり、王子が最大の危機に直面したときに彼を助けます。
魔法と変身: 物語には、命の木のリンゴや魔法のリング、そして悪魔のような存在など、魔法的な要素が多く含まれています。これらが物語にファンタジーの要素を加えています。
救済と愛: 王子は魔法を打ち破り、城を解放し、呪われた姫を元に戻します。最終的には姫と結婚し、幸せな結末を迎えます。
この物語は、勇気、挑戦、忠誠心、そして愛の力が困難を乗り越える手助けとなることを示しています。ファンタジーの要素が豊富に盛り込まれており、読者にスリリングな冒険を提供します。
「こわいものなしの王子」というグリム兄弟の物語は、勇敢で恐れを知らない王子の冒険を描いたメルヘンです。この物語にはいくつかの重要なテーマやモチーフが含まれています。
冒険と試練: 王子は、恐れを知らずに未知の世界に飛び込みます。彼の冒険は、巨人との戦いや命の木のりんごの獲得、そして魔法にかけられた城での三晩の試練など、多くの困難を乗り越えることを含みます。
勇気と不屈の精神: この物語は、王子の真の勇気と試練に対する不屈の精神を強調します。彼は何度も危険に直面しますが、決して恐れることなく冷静さを保ち続けます。
助け合いと忠誠心: 王子は彼を助ける忠実なライオンと共に行動します。ライオンは王子に忠誠を誓い、何度も彼を危険から救います。彼らの絆は物語の重要な要素です。
魔法と超自然: 物語には魔法や超自然的な要素が多く含まれています。命の木のりんごや魔法の城、そして悪魔との対決など、幻想的な要素が物語を豊かにしています。
真の美と解放: 魔法が解けると、黒い乙女が美しい王女に戻ります。これは、勇気と忍耐が真の美と幸福をもたらすという教訓を象徴しています。
この物語は、困難に直面しても、勇気と信念を持ち続けることの重要性を教えてくれます。それはまた、どんなに強力な敵にも屈しない精神と、友情や忠誠心の価値を示しています。
「こわいものなしの王子」はグリム兄弟の「グリム童話集」に収録されている童話の一つです。この物語は、恐れを知らない王子がさまざまな試練を乗り越え、最終的には魔法にかけられたお城を解放し、美しい姫と結ばれるという冒険譚です。
以下は、この物語の言語学的分析およびテーマと構造についての解説です。
文体とスタイル
語り口調: 物語は伝統的な口承文学に基づいており、話し言葉に近いスタイルが使われています。これは読者を物語の世界に引き込む効果があります。
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対話の使用: 多くの会話が登場人物間で交わされており、それが物語に躍動感を与えています。特に、王子と巨人との対話が物語の進行を助けています。
言語選択
古典的な表現: 物語は伝統的なファンタジーの要素を含んでおり、「命の木」や「悪魔」、「魔法」といった中世やルネサンス期を思わせる語彙が多用されています。
文構造
反復の使用: 特定の構造やフレーズの繰り返しが、物語のリズムを構築するのに寄与しています。例えば、「王様の息子」というフレーズは何度も繰り返され、主人公のアイデンティティを強調しています。
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比喩と描写: 詳細な描写や比喩が使用され、想像力をかき立てるシーンが多いです。例えば、巨人の大きさや、魔法にかけられたお城の様子などが生き生きと表現されています。
テーマと構造
主題
勇気と挑戦: 主人公の王子は、恐れを知らない性格を持ち、数々の困難や困難に直面しますが、常に勇気を持って立ち向かいます。物語は、恐れに打ち勝ち、自分の力を信じることの重要性を伝えています。
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魔法と冒険: 幻想的な要素が強く、魔法の木、命の水、魔物たちなどが登場し、物語を豊かにしています。
物語の構造
旅のモチーフ: 王子の冒険は物語の中心にあります。旅を通じて主人公は成長し、最終的に重要な教訓を学びます。
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試練の克服: 三日間にわたる悪魔との試練は、物語のクライマックスとなる部分であり、極限状態での忍耐と信念が試されます。
キャラクターの役割
王子: 物語の主人公であり、勇気と自信を象徴します。
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ライオン: 忠誠と助けを象徴し、王子を陰ながら支える重要な役割を担っています。
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乙女: 救済と愛の象徴であり、彼女を助けることが王子の最終的な目的となっています。
この物語は、グリム兄弟の他の童話と同様に、シンプルでありながら象徴的な要素に満ちています。これにより、年代を問わず多くの読者に愛され続けています。