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池にすむ水の妖精
Grimm Märchen

池にすむ水の妖精 - メルヘン グリム兄弟

子どもたちの読書の時間: 14 分

昔、妻と一緒に満足して暮らしていた粉屋がいました。二人にはお金と土地があり、財産は年毎にだんだん増えていきました。しかし、不運は夜の泥棒のようにやってくるものです。財産が増えたように、また年毎に減って行き、とうとう住んでいる水車小屋を自分のものだと言えないくらいになりました。粉屋はとても悩んで、仕事を終えて横になっても不安でたまらず、ベッドの上で寝返りをうつばかりでした。

ある朝、粉屋は、夜明け前に起きて、心が軽くなるかもしれないと思い、外に出ていきました。水車ダムの土手を歩いている時、夜明けの最初の光がさしてきました。そして池の中からパシャという音が聞こえてきて振り返ってみると、美しい女がゆっくり水から上がってくるのが見えました。女が柔らかい手で肩からはずした長い髪が、両脇に落ち、白い体をおおいました。粉屋はすぐに、これは池の水の精だとわかり、恐ろしくて、逃げたらいいのか、そこにいた方がいいのかわかりませんでした。しかし、水の精は、甘い声で粉屋の名前を呼び、どうしてそんなに悲しいのかと尋ねました。粉屋は最初口が利けませんでしたが、水の精がとても優しく話すのをきいて、勇気をだし、前は財産があり幸せに暮らしていたが、今はあまりに貧しくてどうしたらいいかわからない、と言いました。「安心しなさい」と水の精は答えました。「これまでになかったほど金持ちで幸せにしてあげましょう。ただし、あなたの家で今産まれたばかりの幼いものを私にくれると約束しなければいけません。」(それは子犬か子猫にちがいない)と粉屋は考え、水の精が望んだものをあげる約束をしました。

水の精はまた水に沈んでいき、粉屋は、上機嫌で元気よく、水車小屋に大急ぎで戻りました。まだ小屋に着かないうちに、家から女中が出て来て、喜んでください、おかみさんが男の子を生みましたよ、と叫びました。粉屋は雷に打たれたように立ち止まりました。ずる賢い水の精はそれを知っていて自分をだましたのだととてもよくわかったのです。頭をたれて、妻のベッドに近づいていくと、妻は「元気な男の子なのにどうして喜ばないの?」と尋ねました。粉屋は妻に、何が起こったか、水の精とどんな約束をしたか、話しました。「金や成功が何の役に立つというのだ?」と粉屋は付け加えました。「もし子供を失くすことになるなら。だけどどうしたらいいのだ?」お祝いを述べに来た親戚の人たちさえも、どう慰めたらいいのかわかりませんでした。

やがて、粉屋の家はまた栄えるようになりました。引き受ける仕事は何でもうまくいき、まるで棚や箱がひとりでにお金をつめていき、お金が戸棚の中で夜毎に増えていってるかのようでした。まもなく粉屋の財産は以前にはなかったほど増えました。しかし粉屋は手放しでそれを喜べませんでした。というのは、水の精とした取引が粉屋の心を苦しめていたからです。粉屋は、池を通るといつも、水の精が上がってきて、借りがあるのを覚えているだろうね、と言いそうな気がしました。粉屋は、子供を水の近くに行かせないで、「注意するんだよ、お前が水に触りさえすれば、手が上がってお前をつかまえ、下にひきずりこむんだからね。」と子供に言いました。しかし、年々過ぎていって水の精が姿をあらわさなかったので、粉屋は気が楽になり始めました。子供は若者になり、猟師のところで修業していました。修業が終わって、腕のいい猟師になったとき、村の名主に仕えることになりました。村に美しく誠実な娘が住んでいて、猟師の気に入りました。主人がそのことに気づいて、猟師に小さな家をやり、二人は結婚し、平和で幸せに暮らし、心からお互いを愛していました。

ある日、猟師はノロジカを追いかけていました。シカが森から外れ、開けたところへ入った時、追いかけていって、とうとう撃つことができました。猟師は今自分が危険な池の近くに来ていると気づいていなかったので、シカの内臓をとったあと、血まみれの手を洗おうと水辺に行きました。しかし、両手を水につけた途端、水の精が上がってきて、笑いながら水の垂れている腕を巻きつけ、素早く波間にひきこみました。波は猟師の上で閉じました。夕方になっても猟師が帰ってこないので、妻は心配になり、捜しにでかけました。猟師が、水の精の罠にはまらないよう警戒して、池の近くには行かないようにしているんだ、とよく話していたので、何がおこったかうすうす勘づきました。

それで妻は池へ急ぎました。岸辺に狩猟袋を見つけたとき、もう災難が起こったことを疑うことができませんでした。嘆き悲しみ、手をもみしだき、愛する人の名前を呼びましたが、無駄でした。急いで池の向こう側に渡り、また夫を呼び、激しい言葉で水の精をののしりましたが、何の返事もかえってきませんでした。水の表面は穏やかなままで、水面に映った三日月だけがしっかり見つめ返してきました。かわいそうな女は池を離れようとしませんでした。一時も休まず急ぎ足で池の周りをぐるぐるまわりながら、黙っていたと思うと大きな叫び声をあげ、時にはすすり泣いていました。とうとう力が尽きて、妻は地面にくずおれると、ぐっすり眠り込みました。まもなく夢をみました。

妻は大きな岩の塊の間をひたすら上に登っていきました。イバラのトゲが足にささり、雨が顔に吹き付け、風が長い髪を乱しました。てっぺんに着くと全く違った景色になり、空は青く、空気はおだやかで、地面はゆるい下り坂になっていて、緑の草地にはさまざまな色の花が咲き乱れきれいな小屋が立っていました。妻はそこに近づき、戸を開けました。すると白髪のおばあさんが座っていて、妻をやさしく手招きしました。

ちょうどそこで可哀そうな女は目が覚め、とっくに夜が明けていて、すぐに夢に合わせてやってみようと思いました。妻は苦労して山に登りました。何もかも全く夜に見た通りでした。おばあさんはやさしく妻を迎えて、椅子を指して座るように言いました。「あんたはきっと災難にあわれたのですね」とおばあさんは言いました。「私の寂しい小屋を探してくるんだからね。」妻はどんなことが起こったか説明しました。「安心おし。さあ金の櫛をあげるよ。満月が昇るまで待って、それから池に行くんだよ。岸に座って、あんたの長い髪をこの櫛ですくんだ。それが終わったら、岸に櫛を置きなさい。そうすればどうなるかわかるよ。」とおばあさんは言いました。

女は家に帰りましたが、なかなか満月になりませんでした。とうとう丸い月が空に輝いたとき妻は池に行き、座って金の櫛で長い黒い髪をとかし、終わった後、池のふちに置きました。まもなく深いところで動きがあり、波が上がって、岸に押し寄せ、櫛をさらっていきました。櫛が底に沈んだ頃と同時に、水面が分かれて、猟師の頭が上がりました。猟師は口を言わず、妻を悲しそうにちらりと見ました。同時に二回目の波がどっと押し寄せてきて、男の頭をおおいました。全て消えてしまい、池は前のように穏やかで、満月の顔だけが水面に輝いていました。悲しみに打ちひしがれて女は帰りました。しかし、また夢をみて、おばあさんの小屋がでてきました。

次の朝、妻はまた出かけて、賢い女の人に自分の悲しみを訴えました。おばあさんは金の笛を渡し、「もう一度満月になるまで待つんだよ。そのときに笛を持って行きなさい。それで美しい曲を吹くんだ。それで終わったら砂の上に笛を置きなさい。そうすればどうなるかわかるよ。」と言いました。

妻はおばあさんに教えてもらった通りにやりました。笛を砂に置いた途端、深いところで動き回る気配がして、波がどっと立ち上り、笛をさらっていきました。その後すぐに水が分かれ、男の頭だけでなく、体の半分も上がってきました。猟師は妻の方へせつなそうに両腕を伸ばしましたが、二回目の波が上って猟師をおおって、また水中へ引き込んでしまいました。「ああ、何の役に立つの?」と惨めな女は言いました。「愛する人を見て、そのあとただ失うだけだなんて。」妻の心はあらたに絶望でいっぱいになりました。しかし、夢を見て、三回目におばあさんの家がでてきました。

妻が出かけると、賢い女の人は金の紡ぎ車を渡し、慰めて、「まだ十分ではないのだよ。満月まで待って、この紡ぎ車を持っていき、岸に座って、糸巻きがいっぱいになるまで紡ぐんだ。それが終わったら、紡ぎ車を水の近くに置きなさい。そうすればどうなるかわかるよ。」と言いました。女は言われた通りにやりました。

満月が出るとすぐ、妻は金の紡ぎ車を岸辺に持って行き、亜麻がなくなり糸巻きが糸でいっぱいになるまで一心に紡ぎました。紡ぎ車を岸辺に置いた途端、池の深いところで前よりも激しい動きがあり、大波が押し寄せてきて、紡ぎ車をさらっていきました。途端に男の頭と体全体が、水柱で、空中に昇りました。猟師は素早く岸に跳んで、妻の手をとると逃げました。しかし二人がほんの少し行くとすぐ、池全体がゴーッと恐ろしい音を立てて盛り上がり、野原の上に流れ出ました。

逃げていた二人はもう目の前の水の深さがわかり、女は恐怖に駆られておばあさんに助けを求めました。そしてすぐに妻はヒキガエルに、夫は蛙に変えられました。二人に追いついた洪水は二人を殺せませんでしたが、引き離し、はるか遠くまで連れ去りました。水がひいてしまい乾いた地面にふれると、二人とも元の人間の姿を取り戻しましたが、どちらも相手がどこにいるのかわかりませんでした。二人は見知らぬ人々の中にいて、その人たちは二人の産まれた国を知りませんでした。高い山々と深い谷が二人の間にあり、生きていくために二人とも羊飼いになるしかありませんでした。

何年もの長い年月、二人は野原や森へ羊の群れを追いながら、悲しさと恋しさでいっぱいでした。春がまた地上にやってきたとき、ある日、二人は羊の群れと一緒にでかけ、偶然にお互いの近くにきていました。二人は谷で会いましたが、お互いを見知りませんでした。しかし、二人は、もう一人ぼっちではなくなったので喜び、それ以来、同じ場所に羊の群れを追っていきました。二人はあまり話しませんでしたが、心がやすまりました。ある夜、満月が空に輝いていて、羊たちはもう休んでいたとき、男の羊飼いはポケットから笛を出し、美しいけれど悲しい曲を吹きました。吹き終わってみると、女の羊飼いが激しく泣いていました。「どうして泣いているの?」と男は尋ねました。「ああ、私が最後に笛でその曲を吹き、愛する人の頭が水からあがったときも、こんな風に満月が輝いていましたわ。」と女は答えました。男は女を見ました。そして、まるで両目からうろこが落ちたように、愛する妻の顔だ、とわかりました。そして女も男を見たとき、月が男の顔を照らし、夫だとわかりました。二人は抱き合ってキスしました。二人が幸せなのは聞くまでもありません。

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